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東京地方裁判所 平成10年(ワ)16077号 判決 1999年1月27日

東京都千代田区神田神保町三丁目二番七号

原告

株式会社洋泉社

右代表者代表取締役

藤森建二

右訴訟代理人弁護士

新壽夫

東京都新宿区東五軒町三番二八号

被告

株式会社双葉社

右代表者代表取締役

谷ケ城五郎

兵庫県芦屋市高浜町四丁目一番地一五四三

被告

山田勝啓

被告ら訴訟代理人弁護士

原誠

佐々木健二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告株式会社双葉社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、金七六二万円及びこれに対する平成一〇年八月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告山田勝啓(以下「被告山田」という。)は、原告に対し、金一五二万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告山田は、「ドンを撃った男」と題する著書(以下「本件著書」という。)の著作者であり、本件著書の著作権者である。

2  原告は、平成八年二月九日以降、本件著書を単行本として出版している。

3  被告会社は、被告山田から本件著書を文庫本として出版することの許諾を得て、平成一〇年六月一一日、本件著書の文庫本(以下「本件文庫本」という。)を出版した。(弁論の全趣旨)

二  本件は、原告が、被告会社において本件文庫本を出版したことが原告の出版権を侵害する不法行為となる旨主張し、また、被告山田が被告会社に本件文庫本を出版させたことが契約違反又は不法行為となる旨主張して、被告らに対し、損害賠償を求めた事案であり、本件の争点は、

1  原告が本件著書の出版権を有するかどうか

2  被告山田が被告会社に本件文庫本の出版を許諾し、被告会社をして本件文庫本を出版させたことが、原告に対し契約違反又は不法行為となるかどうか

3  原告の損害

である。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告

(1) 被告山田は、有限会社創雄社(以下「創雄社」という。)との間で、平成七年一二月ころ、同社に対し、本件著書の出版権の設定を委任する旨約した。

(2) 創雄社は、右(1)の契約により委任された権限に基づき、平成八年二月、原告との間で、原告に対し本件著書の出版権を設定する旨の契約を締結した。

(二) 被告ら

原告の主張を争う。

被告山田は、創雄社に対し、本件著書の出版権の設定を委任したことはない。

2  争点2について

(一) 原告

被告山田は、前記1(一)(1)及び(2)のとおり、原告に対して本件著書の出版権を設定したことにより、原告の同意なくして第三者に対して本件著書を出版させることができなくなったにもかかわらず、右同意を得ることなく、被告会社に本件著書の出版を許諾し、同社をして本件文庫本を出版させたのであるから、契約違反又は不法行為の責任を免れない。

(二) 被告山田

原告の主張を争う。

3  争点3について

(一) 原告

被告会社は、本件文庫本を一部七六二円で二万部出版した。

出版社が文庫本の出版により得る利益は売上げの五〇パーセントであり、被告会社は、右出版により売上総額一五二四万円の五〇パーセントに当たる七六二万円の利益を得ており、原告は同額の損害を被った。

書籍出版の通常の著作料は、出版物価格の一〇パーセントであるから、被告山田は、被告会社による右出版により、右売上総額の一〇パーセントに当たる一五二万四〇〇〇円の利益を得ており、原告は同額の損害を被った。

(二) 被告ら

原告の主張を争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記第二の一の事実に証拠(甲一ないし五)と弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告山田は、株式会社メディアボーイが発行し、創雄社が編集する月刊誌「実話時代BULL」の創刊号(平成三年七月一五日発行)から第三二号(平成六年二月五日発行)まで三二回にわたり掲載された「風、粛々として」と題する連載記事を執筆した。

(二) 被告山田は、平成七年一一月ころ、右連載記事をまとめて補筆し、表題を「ドンを撃った男」と改めて、その原稿を創雄社の担当者に送付した。右連載記事を右のとおり補筆改題したものが本件著書である。

(三) 創雄社は、被告山田に対し、平成七年一一月末又は同年一二月初めころ、本件著書に関し、書名欄、著作権者欄を空欄のままとし、出版権者欄に創雄社の住所、名称、代表者名を記載し、押印した出版契約書用紙を二通送付し、そのうち一通に、被告山田が署名押印したものを返送するように依頼した。右出版契約書用紙には、著作権者が創雄社に対して書名欄記載の著作物の出版権を設定する旨の文言があった。

(四) 被告山田は、右出版契約書用紙を創雄社に返送しないまま、その後、創雄社の担当者と本件著書の原稿について何度か打ち合わせをし、出版の準備を進めたが、創雄社から右出版契約書用紙の返送を催促されることはなかった。

そして、右(三)のほかに、被告山田と創雄社との間には、本件著書の出版に関する交渉等は一切なかった。

(五) 創雄社は、本件著書の単行本を原告から出版することとし、平成八年二月、原告との間で、本件著書について出版権設定契約を締結した。右出版権設定契約においては、創雄社が本件著書の著作権者であるとされ、創雄社が原告に対し本件著書の出版権を設定する旨の文言があった。

被告山田は、その当時、原告と創雄社が右出版権設定契約を締結したことを知らなかった。

(六) 原告は、本件著書の単行本を、平成八年二月以降、合計九〇〇〇部出版した。

(七) 被告山田は、創雄社から、右九〇〇〇部の印税として、合計一二五万八四一六円(源泉徴収分を控除した後の額)の振込送金を受けてこれを受領した。

(八) 被告山田は、平成九年一二月ころ、被告会社から本件著書を文庫本として出版したいとの申込みを受けて、これを承諾し、被告山田と被告会社との間で、被告会社が本件著書を文庫本として出版する旨の出版許諾契約が締結された。

被告会社は、平成一〇年六月一一日、右出版許諾契約に基づき、本件文庫本を出版した。

2  以上の認定事実に基づいて、原告が本件著書の出版権を有するかどうかについて判断する。

(一) 右1のとおり、創雄社は被告山田に対し、本件著書の出版に当たり出版契約書用紙二通を送付し、そのうち一通に被告山田の著名押印をして返送するように依頼したが、被告山田は出版契約書用紙に署名押印して創雄社に返送しなかったのであり、創雄社もその返送を催促せず、その他に被告山田と創雄社との間に本件著書の出版契約に関する交渉は一切なかったのであるから、創雄社から右出版契約書用紙記載の契約について申込みがあったとは認められるが、被告山田がこれを承諾したとは認められず、したがって、被告山田と創雄社との間に本件著書について右出版契約書用紙記載の契約が成立したとは認められない。

また、弁論の全趣旨により創雄社が被告山田に送付した出版契約書用紙と同一書式のものと認められる出版契約書用紙(甲二)の契約文言をみても、著作権者が創雄社に対して出版権の設定を委任する趣旨の文言は一切存在しない。

したがって、被告山田と創雄社との間に本件著書について右出版契約書用紙記載の契約が成立したとは認められず、仮に被告山田と創雄社との間に右出版契約書用紙記載の契約が成立したとしても、当該契約において、被告山田が創雄社に本件著書の出版権の設定を委任したとは認められない。

(二) そして、他に、被告山田が創雄社に対して本件著書の出版権の設定を委任したことを認めるに足りる証拠はない。

(三) よって、原告が創雄社との間で出版権設定契約を締結しても、本件著書の出版権を取得することはないから、原告が本件著書の出版権を有するとは認められない。

二  争点2について

前記一で認定判断したとおり、原告が被告山田との間で本件著書の出版権設定契約を締結したとは認められないから、被告山田が被告会社に本件文庫本の出版を許諾し、被告会社をして本件文庫本を出版させたことが、原告に対する契約違反又は不法行為となることはない。

三  結論

以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)

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